TCV-101M-9A-8026の電流重畳特性を実測してみる

― 「定格9A」と実際のインダクタンス低下の関係 ―

秋月電子で販売されている

TCV-101M-9A-8026 販売コード-106691

について、直流重畳時のインダクタンス変化を測定してみました。

データシート上では、

  1. インダクタンス:100μH
  2. 定格電流:9A

となっています。

一見すると「9A流せる100μHインダクタ」に見えますが、実際には直流電流を重畳するとインダクタンスは大きく低下します。

今回、10kHzで0~10Aまで0.1A刻みで測定したところ、無通電時89.3μHだったインダクタンスが、2A時点で73μHまで低下しました。

本記事では実測結果をもとに、

  1. パワーインダクタの電流重畳特性
  2. 磁気飽和による透磁率低下
  3. 「定格電流」の解釈
  4. 電源回路設計で見るべきポイント

について整理します。

無通電時の実測値は89.3μH

まず、LCRメータを用いて無通電状態で測定しました。

測定条件は以下です。

項目条件
測定周波数 10kHz
DC重畳 0A

測定結果は89.3μHでした。

公称100μHに対して約-10.7%となります。

これは±20%品としては仕様範囲内ですが、重要なのはここではありません。

実際のパワーエレクトロニクス用途では、

無通電時のL値より、実際に電流を流した時にどの程度L値を維持できるか

の方が重要です。


・インダクタンスは電流によって変化する

パワーインダクタのインダクタンスは、コア材の磁気特性に大きく依存しています。

フェライトコアや圧粉コアは非線形磁性体であり、磁化が進むにつれて透磁率が低下します。

そのため、DC電流によってコアが磁化されると、実効インダクタンスも低下します。

これが「電流重畳特性」です。

特にパワーインダクタでは、

  1. 無通電時のインダクタンス
  2. 実動作時のインダクタンス

が大きく異なる場合があります。

そのため、カタログ上の「100μH」という値だけでは、実使用時の特性は判断できません。


・電流重畳によるインダクタンス低下

次に、DCバイアス電流を重畳しながらインダクタンスを測定しました。

測定条件:

項目条件
周波数 10kHz
DC重畳電流 0~10A
ステップ 0.1A


測定の結果、無通電時89.3μHだったインダクタンスは、2A時点で73μHまで低下しました。

低電流域から既に透磁率低下が始まっており、比較的早い段階で実効インダクタンスが減少していることが分かります。

また、電流増加に対して単純に比例して低下するのではなく、ある領域から低下率が大きくなっています。

これはコアが徐々に磁気飽和へ近づいているためです。


・「定格9A」は100μH維持を意味しない

ここで誤解しやすいのが「定格9A」という表記です。

インダクタの定格電流には、メーカーによって複数の定義があります。

主に以下の2種類です。

温度上昇基準

一定電流を流した際、

  1. 温度上昇が規定値以内

となる電流値です。

この場合、磁気飽和によるL値低下は考慮されていないことがあります。

つまり、

  1. 発熱的には問題ない
  2. しかしインダクタンスは大きく低下

という状態でも「定格内」とされる場合があります。

飽和電流基準

こちらは、

  1. インダクタンスが初期値から一定割合低下

した時点の電流値です。

ただし、

  1. 10%低下
  2. 20%低下
  3. 30%低下

など定義はメーカーによって異なります。

そのため、

「9A流せる」

という表記だけでは、

  1. 実際に何μH残るのか
  2. どの程度余裕があるのか
  3. 急激な飽和が始まるポイントはどこか

までは分かりません。


・DC-DCコンバータではL値低下が直接効く

降圧コンバータでは、インダクタンス低下によってリップル電流が増加します。

例えば100μH前提で設計していても、実際には70μH程度まで低下していれば、

  1. リップル電流増加
  2. ピーク電流増加
  3. MOSFET損失増加
  4. 出力コンデンサ負荷増加
  5. EMI悪化

などにつながります。

さらにピーク電流増加によってコアがさらに飽和方向へ進み、L値低下が加速する場合もあります。

特に電流モード制御では、

  1. 過電流保護誤動作
  2. 制御ループ不安定化
  3. 過渡応答悪化

などの原因になることがあります。


・実装レベルでは「飽和曲線」を見る必要がある

パワーインダクタ選定では、

  1. 公称インダクタンス
  2. 定格電流

だけでは不十分です。

重要なのは、

実際に使用する電流で必要なインダクタンスを維持できるか

です。

そのためには、電流重畳特性(飽和曲線)を確認する必要があります。

例えば、

  1. 動作電流時に必要L値を満たしているか
  2. 設計マージンを確保できているか
  3. 負荷変動時に急激なL値低下が発生しないか

を確認する必要があります。

特に重要なのが、単純な「L値低下量」だけではなく、

飽和曲線の傾き

です。

電流増加に対して緩やかに低下するインダクタであれば扱いやすいですが、ある電流付近から急激に低下するタイプでは注意が必要です。

例えば、

  1. 通常動作では問題ない
  2. しかし過渡応答時や突入時に電流が少し増える
  3. 急激に透磁率低下
  4. インダクタンス減少
  5. リップル電流増加
  6. さらにピーク電流増加

という形で、飽和方向へ一気に進む場合があります。

そのため実装レベルでは、

  1. 「何μHの部品か」
  2. ではなく、
  3. 「使用電流領域でどのような飽和特性を示すか」

を見る必要があります。


・電流重畳特性が公開されていない部品は実測が重要

大手メーカー製のパワーインダクタでは、

  1. 電流重畳特性
  2. 飽和曲線
  3. Inductance vs Current特性

などがデータシートに掲載されていることがあります。

これらがあれば、

  1. 実使用電流で何μH残るか
  2. 飽和開始ポイント
  3. 負荷変動時の余裕

を事前に判断できます。

しかし、低価格部品や簡易データシートでは、

  1. 初期L値
  2. DCR
  3. 定格電流

程度しか記載されていない場合があります。

今回の

TCV-101M-9A-8026

もそのタイプです。

このような部品では、

  1. 実際にどこから急激に飽和するのか
  2. 使用電流で必要L値を維持できるのか

は、実測しない限り分かりません。

特に電源用途では、電流重畳特性が公開されていないインダクタを使用する場合、

  1. 実効L値測定
  2. リップル電流確認
  3. 温度上昇確認

まで含めた実機評価が重要になります。


・まとめ

今回測定した

TCV-101M-9A-8026

では、

  1. 無通電時:89.3μH
  2. 2A時:73μH

まで低下しました。

「9A対応」という表記だけでは、

  1. 実使用時に何μH残るのか
  2. 飽和がどこから始まるのか
  3. 負荷変動時に急激なL値低下が起きないか

までは分かりません。

特に電流重畳特性が公開されていない部品では、実測による確認が非常に重要です。

パワーインダクタは単純な「L値」で評価するのではなく、

実際の使用電流領域でどのような飽和特性を示すか

まで含めて評価する必要があると感じました。


測定について

今回のような電流重畳特性の測定では、

  1. 実際にどの電流領域で透磁率低下が始まるのか
  2. 飽和曲線の傾きがどのように変化するのか
  3. 使用電流範囲で必要なインダクタンスを維持できるか

を確認することが重要になります。

特に電源用途では、

  1. 公称L値
  2. 定格電流

だけでは実際の動作を判断できないため、電流重畳状態での評価が必要になります。


弊社では、LX-Aシリーズ 電流重畳インダクタンス測定システムを展開しています。

測定システムには

Keysight E4980B/E4980BL LCRメータ

を使用し、

  1. 高精度インダクタンス測定
  2. DC重畳特性評価
  3. 飽和特性測定

に対応しています。

また、最大400Aまでの電流重畳測定が可能なため、

  1. 大電流パワーインダクタ
  2. DC-DCコンバータ用チョーク
  3. 車載向け部品

などの評価にも対応可能です。

電流重畳特性や飽和曲線の評価が必要な場合には、有効な測定ソリューションだと思います。